日本の言葉には宇宙、自然と語り交信できる言葉の働きがあります。言葉に魂が宿っているとのことから、それを言霊と言います。
それを早くにも見出していたのが、今から1300年前の万葉時代の人達です。言葉を五七調の数に置き並べて、言葉の持つ力を発揚させたのです。恐らく、この時代の人達は、言霊の働きが過去(縄文・弥生)に存在していたことを見届けていた人達ではなかったのではないでしょうか。当時の歌に言葉が助ける、言葉に魂が宿っている、言葉をかける等の意味を含んだ歌が多いことです。又、大祓詞の一文に「言問ひし磐根 樹根立 草の片葉をも語止めて」とあります。現代において、植物も言葉が分かると言いだしていますが、日本では1300年前に既に知られていたことです。
このように言葉は神をも、物をも、自然をも、天気をも、人をも動かす力が宿っているとされてきました。それが、日本人が伝えて来たヤマト言葉です。外来文化で漢字が導入されても、縄文時代以前から語られてきた言葉は、日本の国土の上に連綿として伝承されてきたのです。日本語は世界の言葉を包括している素晴らしい言語であることを見直して頂きたいと思います。
処で「言霊と霊動法」ですが、このように古代より伝承されてきた神をも、自然をも動かす言霊には、言葉をかけると体が自発動してきます。これを霊動法と言います。これこそ、古代より伝えられてきた言霊の発揚ではないかと思っています。縄文時代以前より伝わる古代医療としてみなしています。言葉は波動です。体の経絡、気血の流れ、五臓へとひびいて行きます。舎主は昭和53年の頃より、言霊普及会発足と共に大本教関係者との親交により、言霊学を研鑚してきました。言霊学、言葉の持つ意味と合わせ、その働きによる霊動法を指導しています。霊動法は他でも指導している処は数少ないかと思います。これらは代替療法、気功療法、心理療法、整体など多いに活用できます。
霊動法も言霊、音霊による自発動、鉾動法、渦動法、三種の祓いによる自発動があります。古神道に興味ある方にも勉強になります。
三種の祓いは下記の「ハフリの行法」になります。
[楽古舎と伯家神道]
朝廷の神祇官長である神祇官統領神祇伯王家白川家は、51代資訓王が神祇奉還を奏上される明治4年の神祇官廃止まで約800年間継承されてきました。最後の学頭職高浜清七郎源正一は白川家門外不出の古伝神事法を残さんとして、明治25年神道古伝和学教授所を創設します。然し、その翌年に他界します。
「楽古舎」の伯家神道は和学教授所の流れをくむものです。伯家神道は「ミスウチの行」「ハフリの行」と言います。舎主が「祝殿の行法」を修行したのは昭和53年です。当時は今のように興味を持つ人もなく、伯家神道継承が薄れかけている状態でした。残っている人達は70歳代以上の人達です。伝承が途絶えると言われ大事に指導して頂きました。昭和15年の和学教授所の名簿には総監白川資永、神事長中村新子、代理安見晴子、相談役吉田茂、理事新宮幸勝の名前が出ていますが、私が指導を受けたのは安見晴子、新宮幸勝両氏からです。新宮宮司からは出身大学が同じで神職ということで、3種の拍手降神を指導して頂き、色々な指導と心得を教授頂きました。
昭和9年、白峰神宮宮司石井鹿之助が宮内忠政から受け取られた「神傳奥儀」(天の巻・地の巻)の写しがありますが、そこには「息行」の事が書いてあります。「おみちの行」でも分かるように伯家神道では「息行」を大事にします。当時の和学教授所の教授科目は「甲、和傳教授科目」「乙、神事相傳科目」に分けられ、「神拝拍手の傳・太祝詞の傳・天津金木の傳・注連縄の傳…」40種ばかりが記載されています。当道場では、息行から息吹呼吸法を、ミタマフリ行法から霊動法を指導しています。そこには言霊が働きます。祝詞は「宣りあげ、宣り倒す」、祓いには「祓い切る」と言う言葉の力がありますが、祝詞、祓いの言葉の力を失ったのが今の宗教ではないでしょうか。宮内忠政は今から100年前の人ですが、聖職者が祓い、清めを忘れると天変地変が起きる、起きても天神地祇を動かす力ができないと記載しています。まさしく言われる通りの世の中が来ています。今一度見直す言葉ではないでしょうか。
古代の呪法に「物部の鎮魂法」があります。それによると「十種の神宝を唱え、ふるべゆらゆら」と唱えれば死人も生き返るとあります。現代人ならば荒唐無稽として一蹴するでしょう。それか、古代人には出来たかもしれないと物議を醸し出します。我々、現代人は漢字に惑わされているところがあります。「鎮魂」を「ミタマフリ」「ミタマシズメ」と読むと、「ミ=タマ=フリ、=シズメ」となります。私の著書「古神道に生きる気」を呼んで頂いた方は、既にお分かり頂いていると思いますが、魂は「ミ=タマ」で「気」を表します。わが国独自の「氣」が、即ち「カミ」になります。わが国は神国なりとは、「氣」が満ち満ちて充足していることを表しています。それは「ハフリの行法」をやられた人は、それが充分お分かり頂けると思います。私も若かりし頃それに感激して、それからの神道観の見識が変わりました。
魂は「氣」であり、「カミ」であることから、それをわが身の心中に納めることを「鎮魂」と言います。それは古代における医療でもあるわけです。まさしく死人を蘇らせていたのかも知れません。
「物部鎮魂呪法」は物部氏滅亡と共に埋没してしまいます。然し、その鎮魂法は「ハフリの行法」として継承されて来ていたのです。ニギハヤヒノ命が天皇にお渡しされた「十種の神宝」です。伯家神道で「十種の神宝行法」とも言って、神行の階級を十種に分けています。
舎主は26歳より修行に入りましたが、顕幽両斎の幽斎であると共に、修業していくうちに古代医療ではないかと確信していくのです。と言うよりは、それに繋げていったと言う方が正解かも知れません。現在になって伯家神道は色々と言われていますが、さて、何だと思われますか?その見解はその人の感ずる所、各々の持ち方で良いと思いますが、私は、その頃より神道を宗教としてではなく、古代医療としてみているのです。生活に必要ないものはいつの時代でも排斥されます。世界の宗教が存続した裏には医療と切り離すことはできません。伯家神道の行法は「ミタマフリ・ミタマシズメ」「息行」「祓い」です。それらは「ミアレ」の為の行法です。再生蘇生のカムナガラがここにあります。「ミタマフリ」に起きる霊動はハライ、ノリトの言霊の発揚です。ヤマト言葉のもつ言霊の妙用によって自発動させ、体内の気血の流れを促してくれます。これこそ「古医道」ではないでしょうか。
「楽古舎」では伯家神道を古代医療の観点から見ています。「呼吸法」「霊動法」「言霊」を主として、鎮魂使用の古代楽器「一弦琴」「しの笛」「鈴」を鎮魂に使ったり、演奏を行ったりしています。そこに家伝の隠卜道数霊術による「医易」による病因、人生相談です。
修業の時は厳鉾の「鉾先の気」を見よと言われました。部屋を閉めて蝋燭を立てて祓いをあげ、言葉の振動で襖紙がバラバラと音を立てるまでやってきました。これから、習得しようとされる若い人にもやって頂きたいものです。
裏話として、宮内忠政は気学九星、易学を行った形跡があります。「神傳奥儀」には一部記載されています。中村新子女史が戦前、戦況を診るのに襖を閉めて神占を行っていたのはそれでないかと思っています。又、戦況を占ったとされる白峰神宮での軒廊の占いは卜部の職掌です。伯家神道とは無関係です。そのことは白川資永氏も論述されておられます。
昭和29年、日本全国の神職養成の為の第1回の鎮魂練成行法が石上神宮で行われています。神社本庁調査部長岡田米夫氏を挟んで石上神宮鎮魂行法代表として当時の青山宮司、森禰宜(のち宮司)、伯家神道の代表として中村新子、新宮宮司です。どちらを採用するか協議されます。その結果、石上神宮鎮魂行法が採用され、現在まで神道行法として採用されています。伯家神道は一般神職には受け取りにくいと判断されたのでしょう。石上神宮鎮魂行法は顕斎です。伯家神道は幽斎です。今でもそうですが、神社本庁とすれば幽斎は触れたくなかったのでしょう。森宮司は生前、私に伯家神道を修業しておけばよかったと言われていました。伯家神道についての裏話は尽きることがありません。まとめて本にしても、後学の人達の参考になると思います。
「言霊と霊動法」研修会では、言霊学と合わせて行法、和学教授所の教授科目の講義も行います。明治からの神道史の裏話として、伝えて言って頂ければありがたいことです。
参加される人で白衣白袴を持っておられる人は持参下さい。 |